聴覚のマスキング



図1 2純音を同時に聴いたときの聴こえ方

電車の中では相手の話が聴きとりにくかったり、ジェット機の轟音で他のすべての音がかき消されてしまうことがある。 このような現象を一般に聴覚のマスキングと呼び、音が騒音でマスクされたという。

マスクする音はなにも騒音に限つたことではない。テープレコーダーで音楽を聴くとき、音楽が始まる前のテープノイズは気になるけれど、音楽がはじまると音楽によってテープノイズがマスクされてしまって気にならない。
マスキングの程度を表すには、マスクする音があるときのその音(マスクされる音)の最小可聴限とマスクする音のない静寂時の最小可聴眼との音圧レベル差、すなわち最小可聴限の移動量で表しこれをマスキング量と呼んでいる。
広い意味でのマスキングは、騒音で希望する音が全く聴こえなくなる場合ばかりでなく、聴こえにくくなる。いいかえれば音の大きさが小さくなる場合も含んでいる。 したがって、マスキング量だけでは、マスキングの程度を表すために十分な方法とはいえないが、マスクする音によって音の大きさか減少する場合については後述する。
マスキング作用は聴覚のもつ非常に基本的な機能で、ほとんどの聴覚現象に関与しており、また聴覚の機能を調べる手段としても非常に利用されている。

1.騒音による音声のマスキング
2.純音による純音のマスキング

一つの純音を聴かせておいて、周波数の違う他の純音の最小可聴眼を測定すると、最小可聴限の周波数特性は得られない第1の純音によって第2の純音がマスキングをうけるからである。
しかしながら、マスキング量はすべての周波数について一様ではない感覚レベル80dBで1200Hzの純音があるときに、第2の純音を加えてその周波数と感覚レベルを変えた場合の音の聴こえ方を説明しているのが、図1である。

一般に聴覚は複合音を聴いたとき、その成分音を別々に聴き分ける能力をもっている。 視覚では、波長の違う二つの光を混ぜ合わせると、別の色になるが、もとの二つの色をその中に知覚することができないことと対照的である。
成分音を知覚できる現象は音響のオームの法則とも呼ばれている。 ところが、2音の周波数が近接しているときには、唸りが聴こえる。 このときには、2音そのものは区別して聴かれず、2音の合成波形の強さの変化を捻りとして聴いている状態である。
音の強さが大きい場合には、耳内の非線形性のために聴覚の中に高調波が生じるので、第1音の2倍あるいは3倍の周波数付近でも唸りが生じる。
図の中で、実線で示したパターンは、1200Hz綿音があるためにマスキングをうけて聴えにくくなった第2音の最小可聴限を、マスキング音のないときの感覚レべルで示している。 すなわちマスキング量に相当する。 第1音の近くでマスキング量は大きく、離れるほど小さい。 しかし、第1音と第2音の周波数がごく近いときには陰りが生じて、第2音そのものは聴こえなくとも第2音の存在は非常にわかりやすくなってしまつ第2音の周波数が高くなるとマスキング量はしだいに減少するところであるが、第1音の耳内借音によるマスキングが現れて、再びマスキソグ量は増加する。 実線のパターン(マスキングオージオグラム)の下側の範囲は、第2音が完全にマスクきれて第1音だけしか聴こえない範囲である。

図2は、第1音の周波数と強さを変えたときのマスキングオージオグラムを示している。
これらの図からもわかるように、純音によるマスキングはすべての周波数に対して一様に生じるのではなく、その範囲は限られている。
マスクする音より高い音は広い範囲でマスクされやすく、低い音はマスクされにくい。 マスクする音のしベルが増加するとマスキング量が増加するとともに、マスクされる範囲が広がる。 2音の周波数の近接している範囲では、純音どうしの特別な現象として捻りが生じてマスキング量が激減するが、これはマスキングとは異質な現象と考えたほうがむしろよいであろう、なぜならば、強さの変動現象となって、どちらの純音もはっきりと知覚できないからである。


図2 純音によるマスキングオージオグラム

話を簡単にするために耳内倍音を無視して、聴覚機構内でのマスキングの現象をモデル的に考えてみる。聴覚に純音が加えられると、内耳の基底膜の振動パターンは、最大振幅点から前庭窓側に向かってはゆるやに振幅が小さくなり、蝸牛の先端に向かっては急激に小さくなっている。
一つの綿音を加えたとき、基底膜の振動のパターンを模式的に、図3の太い実線で表すことにする。この図は基底膜の振動とは限らず、むしろ神経層における神経の空間的な興奮状態を表していると考えることにする。
第2の純音を加えることは一級い実線A,B,Cの興奮を生じさせることを意味している。
Cの状態では、第2音による興奮は、第1音の興奮に埋もれてしまって知覚を生じないすなわら完全にマスクされた状態を示す。
Aは明らかに第2音を知覚できる状態で、Bがちょうど知覚できる状態を示している。
このように考えると、純音のマスキングが、高い周波数の音に対しては、広い範囲に及んでいて、低い周波数に対しては狭いことを理解することができる。 第2音の周波数f2を変えてBの状態を考えてみると・マスキソグオージオグラムは第1音による神経層の興奮パターンを反映していると考えることができる。 こうした考え方は、心理音響におけるいろいろの現象を、互いに関連づけて考える上で重要である。


図3 聴覚機構におけるマスキングの模式図


[聴覚のマスキング] [残響下のスピーチ] [SN比]